<Header>
<Author: 白居易>
<Title: 新樂府 五弦彈	惡鄭之奪雅也>
<Format: 格式不明>
<Year: 2011>
<BookName: 白楽天詩選（上）>
<Translator: 川合康三>
<style: 現代文無假名>
<style2: 日本現代譯文無假名標注>
<TranslatedTitle: 五絃（ごげん）の弾（だん）　鄭（てい）の雅（が）を奪（うば）うを悪（にく）むなり>
<BookPage: 157>
<UsedPage: 1>
<Feature: 1, 4>
<End Header>
<Poem>
五弦彈，
五弦彈，
聽者傾耳心寥寥。
趙璧知君入骨愛，
五弦一一爲君調。
第一第二弦索索，
秋風拂松疎韻落。
第三第四弦泠泠，
夜鶴憶子籠中鳴。
第五弦聲最掩抑，
隴水凍咽流不得。
五弦竝奏君試聽，
淒淒切切復錚錚。
鐵擊珊瑚一兩曲，
冰瀉玉盤千萬聲。
鐵聲殺，
冰聲寒。
殺聲入耳膚血憯，
寒氣中人肌骨酸。
曲終聲盡欲半日，
四坐相對愁無言。
座中有一遠方士，
唧唧咨咨聲不已。
自歎今朝初得聞，
始知孤負平生耳。
唯憂趙璧白髮生，
老死人間無此聲。
遠方士，
爾聽五弦信爲美，
吾聞正始之音不如是。
正始之音其若何，
朱弦疏越清廟歌。
一彈一唱再三歎，
曲澹節稀聲不多。
融融曳曳召元氣，
聽之不覺心平和。
人情重今多賤古，
古琴有弦人不撫。
更從趙璧藝成來，
二十五弦不如五。
<End Poem>
<Translation>
五絃の琵琶の演奏、五舷の琵琶の演奏。
聴衆は一心不乱に耳を傾け心は空っぽ。趙璧はあなたが骨の髄までその演奏が好きなのを知り、五絃の一本一本、あなたのために音を調える。
第一絃、第二絃の音はさわさわと鳴り、秋風が松の枝を払い、すずろな音色がこぼれ落ちる。
第三絃、第四絃は寒々として、夜の鶴がわが子を思い籠のなかで上げる声。
第五絃の音が最も重苦しい。隴頭の水が凍って暇ぶように進みあぐねる。
五本の絃が揃って かき鳴らされるのをあなたも聞いてみたまえ。 その音たるや、凄絶で、切迫し、また錚然とけたたましい。 
珊瑚を鉄で一撃したような一曲、二曲。氷が玉盤に落ちるごとき何千何万の音。
鉄の音は厳しく、氷の音は冷たい。厳しい音が耳に入ると肌も血も凍え、寒々とした気が人にあたれば肌も骨もうずく。
曲が終わり音が消えて長い時がたっても、座にある者はじっと向き合い、心痛めて一 言も発せない。
一座のなかには遠くから来た者が一人。ああ、むむとため息を漏らす。感じ入って言うには、「今日初めてこの曲を聴きました。いままで聞いてきた曲など、耳をだましてきただけとわかりました。
しかし心配なのは趙璧に白髪が生じ、年老いて亡くなれば、世の中からこの曲は消えてしまうことです」。
遠方の人よ、あなたは五絃の曲を聴いてまことに美しいと言われるが、わたしの聞くところ、始原の正しい音楽はこんなものではないといいます。
始原の正しい音楽とはどんなものか。朱色の絃に底穴を減らした瑟に乗って、清廟で歌われる歌です。
一たび奏で、一たび歌えば、二度三度と感嘆の声。メロディはあっさり、リズムはゆるやか、音は大きくなくとも、なごやかでのびやか、宇宙の気が呼び起こされるのです。
これを聞けば、おもわず心に平和が訪れるのです。
人情とは今を大事にして古を卑しむもの。古代の瑟に舷が備わっていてもつまびく者もいません。
そのうえ趙璧の芸がつくりあげられてからというもの、二十五絃の瑟五絃の琵琶にかなわなくなってしまいました。
<End Translation>
<Formatted Translation>
五絃の琵琶の演奏、
五舷の琵琶の演奏。
聴衆は一心不乱に耳を傾け心は空っぽ。
趙璧はあなたが骨の髄までその演奏が好きなのを知り、
五絃の一本一本、あなたのために音を調える。
第一絃、第二絃の音はさわさわと鳴り、
秋風が松の枝を払い、すずろな音色がこぼれ落ちる。
第三絃、第四絃は寒々として、
夜の鶴がわが子を思い籠のなかで上げる声。
第五絃の音が最も重苦しい。
隴頭の水が凍って暇ぶように進みあぐねる。
五本の絃が揃って かき鳴らされるのをあなたも聞いてみたまえ。 その音たるや、凄絶で、切迫し、また錚然とけたたましい。 
珊瑚を鉄で一撃したような一曲、二曲。
氷が玉盤に落ちるごとき何千何万の音。
鉄の音は厳しく、
氷の音は冷たい。
厳しい音が耳に入ると肌も血も凍え、
寒々とした気が人にあたれば肌も骨もうずく。
曲が終わり音が消えて長い時がたっても、
座にある者はじっと向き合い、心痛めて一 言も発せない。
一座のなかには遠くから来た者が一人。
ああ、むむとため息を漏らす。
感じ入って言うには、「今日初めてこの曲を聴きました。
いままで聞いてきた曲など、耳をだましてきただけとわかりました。
しかし心配なのは趙璧に白髪が生じ、
年老いて亡くなれば、世の中からこの曲は消えてしまうことです」。
遠方の人よ、
あなたは五絃の曲を聴いてまことに美しいと言われるが、
わたしの聞くところ、始原の正しい音楽はこんなものではないといいます。
始原の正しい音楽とはどんなものか。
朱色の絃に底穴を減らした瑟に乗って、清廟で歌われる歌です。
一たび奏で、一たび歌えば、二度三度と感嘆の声。
メロディはあっさり、リズムはゆるやか、
音は大きくなくとも、なごやかでのびやか、宇宙の気が呼び起こされるのです。
これを聞けば、おもわず心に平和が訪れるのです。
人情とは今を大事にして古を卑しむもの。
古代の瑟に舷が備わっていてもつまびく者もいません。
そのうえ趙璧の芸がつくりあげられてからというもの、
二十五絃の瑟五絃の琵琶にかなわなくなってしまいました。
<End Formatted Translation>